アニメ「覇穹封神演義」感想まとめ:構成がひどい、初見は無理、最終回がワースト回(4)

4.既読がはきゅーを通しで見ると、時系列がわからなくなり混乱する

おそらく封神演義を未読の方であれば、フジリュー版の既読者に対してはこういう風に思っていることでしょう。

「フジリュー版を既読であれば、はきゅーの展開が爆速でも細かいところをすっ飛ばしていても、追いついて見ていけるんだろうな。」

ところがそんなことは全然ありません。むしろフジリュー版を読み込んでいる人の方が、はきゅーを見ているうちに
「一体、今はどの時点の話なんだ?」
と、時系列がわからなくなり大混乱に陥ってしまうのです。

「何で?理解できない」と思われるかもしれませんが、本当です。

なので既読の場合、別にはきゅーでお気に入りキャラを探さなくてもいいや。という考えであれば。

敢えてはきゅーを見る必要はありません。そんな時間があるのならフジリュー版を繰り返し読む方がいいです。

では、何故そういうことが起きるかというと。理由を分析しますと、前述の「時系列シャッフル」が悪影響を及ぼしていることが大きい。

図解すると、こういう事態になっているからです。

事象1:ひとつの話の中でも時系列が滅茶苦茶

はきゅーは、1話あたり平均してこんな感じです。

本来の話の中に、時系列の異なる違う話を交互に混ぜてきます。話の繋がりが常に切れ切れの状態なので、なかなか頭に入ってきません。

また、話が色々な時間軸を行ったり来たりなので、一体今はどの時点の話なのか?が、わからなくなリます。

全23話で唯一、時系列シャッフルが無かったのは21話の聞仲VS元始天尊(げんしてんそん)戦でした。21話だけは普通のアニメになっていて、見やすくて良かったです。

事象2:全体の流れでも時系列が滅茶苦茶


重要エピソードを丸々カットの影響が、とても大きいです。

その重要エピソードで初めて出てくる設定や、その話を踏まえた上で続く話後で突然出現したりして、頭の中が疑問符だらけになります。要するに、矛盾だらけです。

尺が無いのは最初から分かっていたことなので(2クールしかないから)、仙界大戦のみに集中して完成度を高くし、その前後はやらない方がよかったのではと思います。

こうしてみると、

・初見だと何が分からないかも分からない
・既読で話の時系列を踏まえている人ほど、話の流れが分からなくなる

そうなってしまうのも不思議では無いということが理解できるでしょう。

本当に、はきゅーのシナリオ構成は誰も得をしない代物にしかなっていないのです。

補足:最終回がワースト回でした

23話最終回。あちこちでネタバレした要素くらいは、さすがにサラッと回収は入れるだろう。例え雑であったとしても。
という淡い希望をも打ち砕く、酷い最終回でした。どういう感じだったかというと。

Aパートでようやく仙界大戦の幕引きとなり、残りBパートで色々と回収・・などは全くせずに、突然ラストシーンだけブッ込んで来ます。

(ラスボス戦を丸々カットという暴挙に出ました。それまであちこちに、時系列を無視してネタバレ要素エピソードを挟み込んでいたのでこれは無責任です。)

フジリュー版の17巻〜23巻(最終巻)をほぼカットし、23巻の末尾あたりが突然登場。

しかもフジリュー版は余韻を残した綺麗な終わり方だったのに、Cパート(最後の最後)で余計なモノローグを入れる。
封神計画の立案者が「これより、封神計画を始める。」

長い苦しみを経て、戦いが終結した(フジリュー版ではね)はずなのにまた歴史をやり直してしまうの???

酷い終わり方ですが、すでにBパートの酷さで思考回路が麻痺して酷さも感じなくなっているという。

本当に疲れました。
だったら最終回までに変なネタバレを挟んだりせず、「俺たちの戦いはこれからだ」とAパートで終わっていればまだマシだったのに。

なんというか、あのソードマスターヤマトの最終回が凄くマトモに思える心理状態なりました。

はきゅーなんて、主人公がラスボスの存在にすら気づかないまま、でも突然ラスボスを倒した(全く描かれていないが)後で終わっていましたから。
どういうことなの・・(現に、既読組がはきゅーの最終回に絶望して、ネットが炎上しています。H30.6.30時点)

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